Share on FacebookTweet about this on TwitterPin on PinterestBuffer this pageEmail this to someone

Dear my friend…

「私、うつ病なのかな」

もしもキミがそう思っているのであれば。少しでも心の支えになればいいなと思い、今回は僕の過去を赤裸々に書きたいと思う。




 

「うつ病」誰からも理解されない苦しみ

僕は、自称「うつ病」の高校時代を過ごした。

自称とはどういうことか。
僕は医者には一度しか行っておらず、しかも簡単な診療のみで正しく診断されていないため、医学的なうつ病であったかどうか分からないからだ。

うつ病は誰からも理解されない。

 

「心が弱いだけ」

「わがままを言っているだけ」

「逃げるためのいいわけだろう」

 

なんて思われておしまい。

この心の苦しみを理解しようと努力してくれる人は誰ひとりいなかった。
医者でさえ、ルーチンの仕事をこなしていますという感じで、真摯に対応をしてくれなかった。

 

当時は高校生だったので学校に行かなくてはいけない。

「学校に行かなくちゃ」という思いから制服を着て、家を出るとこまではいい。
家を出た瞬間、もう学校に行くという選択肢が頭の中からなくなる。

親には心配されたくないという気持ちから、学校が終わるまでの時間、本屋に行ったり、マックに行ったり、デパートの屋上でボケーっと時間を過ごす日々が続いた。

テストにさえ出席しないもんだから、もちろん0点。
友だちもいなかったので、本当に孤独な毎日が続いた。

 

「世界に70億人もの人がいるのに、僕は誰にも理解してもらえない」

そう思うと本当にツラかった。

 

 

うつだろうが、誰も助けてなんかくれない

そんなうつな生活は続けたいとはもちろん思ってはいなかった。
毎日がただ過ぎていき、生きた心地がしない生活とはオサラバしたい。

やる気がでれば学校にだってちゃんと行きたいし、何かで「生きている実感」というものを感じたかった。なんとかうつを克服して、毎日を楽しく過ごしたいと思っていた。

 

そこで僕は学校をサボって通った本屋で、ついついうつ病関連の書籍を読むようになった。

たぶんうつの人はそういう行動に出るんだと思う。インターネットや書籍でうつ病について調べる。そして自分の症状と当てはまる項目を見つけて「ほら見ろ。やっぱりオレはうつじゃないか!」と思う。

僕もそうだった。
「ほら見ろ」と何度思ったことか。

 

だけども、周りの人からしたら「それがどうした?」って感じ。

結局「自分はやっぱりうつでした」と分かったところで、何も変わらない。
どうせ社会は自分のために手助けなんてしてくれないんだ。

 

どんどん卑屈になっていった。

「困っている人には手を差し伸べよう」と教わった気がしたけど、そんなの綺麗ごとにしか過ぎない。明らかに弱者であると判断できる人にだけ手を差し伸べて「自分は弱い人を助けています」とアピールしたいだけ。

目に見えない心の病を持った人を救ったって、何もアピールできないから。
ある意味、「弱者を助ける」というのはアクセサリーみたいなものでしょ。

助けている感がでない限り「困っている人には手を差し伸べる」ことは飾りにはならないのだ。

 

 

うつは克服するのではなく共存することが大切

そうやって僕はひねくれていった。
だけど、それが良かったのかもしれない。

 

「誰も助けてなんてくれない」

 

そう思えることで僕の人生は好転していった。
誰のせいにしても、僕の人生はハッピーにはならない。

なぜなら他人の意志を、僕はコントロールできないから。
「あいつのせいだ」と責めたところで、何が変わる?

その人がアクションしない限りには、何も変わらない。
だけど自分自身はコントロール可能だと気づいた。

自分がアクションすれば何か変わるかもしれない。
そこで僕は「とりあえず」というのを口癖にしようと学んだ。

 

とりあえず僕は●●をする、とりあえず△△をする。

 

「とりあえず」を口癖にすることで何か変わるかもしれないと思った。

僕は “とりあえず” うつ関連の本を読みあさった。そして読書を通じて、僕は素晴らしいアイデアに出会えた。
それは「うつは克服するのではなく、共存すべきだ」ということ。

イギリスの首相であったウィンストン・チャーチルも躁うつ病であったと言われている。

彼の言葉が素敵だった。

 

「私の中には黒い犬がいる」

 

チャーチルは躁うつ病のことを『黒い犬』と名付けていたのだが、決して黒い犬を追い出そうとはしなかった。

時に暴れるときもあるが、黒い犬は凶暴で追い出そうとすると反抗する。

追い出そうとして反抗するならば、チャーチルは逆に黒い犬を飼いならそうとしたのだ。
「今日は黒い犬、暴れているな」とか「今日はおとなしいな」と自己の内面を客観的にとらえていた。

追い出そうとしても追い出せないのだから、逆に飼いならす。
そうやって黒い犬を、自分のコントロール下に置いたわけだ。

 

 

自分のコントロールできる範囲を広げること

他責したところで、なにもハッピーな状態にはならない。

それはハッピーになるための要因が、自分のコントロール下にないから。
他責してハッピーになるのであればいいが、性格が腐っていない限り、他責したって幸せな気持ちにはならないだろう。

 

だったら「とりあえず」を口癖に、自ら何かアクションを起こしてみよう。
そして自らアクションを起こし、自分のコントロールで人生を切り開こう。

できることから、少しずつでいい。

 

一歩ずつ、前に進もう。
前に進めない日があったっていい。

黒い犬が暴れているときはしょーがない。

 

晴耕雨読。

 

晴れているときに畑を耕し、雨の日はゆっくり読書をするように。
進めるときだけ進めばいいんだよ。

 

P.S. もし周りにうつ病の方がいれば、ただそばにいて話を聞いてあげてください。誰かに話を聞いてもらうことが一番の心の救いになるから。




 

▼関連記事

 

Pocket