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一年前の2015年の春、僕はひとりの女性に出会った。
彼女の名前は、きしおかみさ子さん。関西弁がチャーミングで、とても気さくな22歳。

出会いのキッカケは、Twitterだった。どのツイートだったかは覚えていないが、彼女の描くイラスト、そして添えられているコトバに癒やされた。
きしおかみさ子さんのイラストは、ただ「カワイイ」というコトバだけでは終わらせられない。なにかを考えさせられ、なにかしらの気づきを与えてくれる。

 

そんな彼女は何を考え、なぜイラストを描くのか。
「きしおかみさ子」ができるまでを、赤裸々に語っていただいた。

 

アリスわからない.002

 

「家の隅しか居場所がなかった」6年間のひきこもり生活

イラスト_きしおかみさ子さん

― 絵を描きはじめたキッカケは?

絵は小さいころからずっと描いてたんですよ。
というのも、小学校と中学校のトータル6年間、ひきこもりやったんです。だから、ぜんぜん外と関わりを持たない人間で。その頃って不登校というのが珍しいというか、周りにいない状況だったんで、みんな「どうしたん?」みたいな感じで。親も「自分の子がなんで?」ってなるじゃないですか。それですっごい居場所がなくて。

自分の喜怒哀楽を表現する場所がなかったんです。家の隅っこしか居場所がないような。ほんま笑うこともなく、ほんまに感情がなくて。でも、自然と絵を書いていたんですよ。

 

― そのときはどんな絵を描いていたんですか?

昔の絵を見返すと、暗いのしかない(笑) 
そのときは自分を表現できる、自分を表に出せるのが絵しかなくて。でも絵ってアートセラピーとかあるように、自分なりに自分を癒やしてたんやろなって思います。

だけど、絵を描くことすらダメやと思ってて、親も「何してんの?」って絵を破り捨てられたり。それでも中学校卒業するまで描き続けてたんです。そうしたら親もだんだん向き合ってくれるようになって、まわりも変わってきてくれるようになって、自分も感情を出せるようになっていきました。

そして中学卒業するときに、高校入る、入らないってなるじゃないですか。でも、それでまで学校行ってないんで、まず公立高校は無理やろなって。ただ、親は学校に行かせたいって思ってたし、わたし自身も行きたいという気持ちはあったんですよ。面倒くさいとかではなくて、怖くて行けなかったんで。
なんだろ、みんなが普通にやっていることをやりたくて、当たり前にやっていることができないのが嫌だったから。その頃の自分にとっては大きな夢だったんですよ、学校生活というのが。

そしたら親が通信制の高校を見つけてきてくれたんですけど、説明会にも行けないわけですよ、怖くて。
それでも唯一、1つだけ説明会に行けた高校があったんですね。そしたら説明してくれてる先生がめっちゃいい人で、「ここやったら行ける」って思って。でも電車通学だったんで、「いきなりの壁でかくない?」ってなったんですけど(笑)
外に出ることすら怖いのに、さらに電車通学って……みたいな。でも、親にはじめは送ってもらったりしながら、少しずつ通えるようになっていきました。

 

はじめて人のために絵を描く幸せを感じた

きしおかみさ子_イラスト
― 飛び込んだ高校生活、どうでした?

その高校はもともと不登校だった子も多いんで、個性豊かな学校だったんですよ。だからすごい勉強にもなることあったんですけど、ぶつかることもあって。「やっぱりわたし無理やん」ってかなり挫折しそうになりました。

だけど、「ここで辞めたら次のチャンスないな」と思って頑張る、みたいなのを繰り返して。そしたら乗り越える力みたいなのが自分なりについたのかな。高校生活いろいろあったんですけど、なんとか乗り越えられました(笑)

 

― 高校時代も絵は描き続けた?

高校でも描き続けてました。そして高校でようやくわたしの描いた絵を人に見てもらうというのが、できるようになったんですよね。美術の時間とか人前で絵を描いたりとかしてたら、まわりの子たちとか先生とかが「いい絵だね」ってわたしの絵を好いてくれて。

それから「そうなんや、そういう風に感じてもらえるんや」って、客観的に自分の絵を見れるようになって。そして掲示物とかの絵を任せてもらったりして、人のために絵を描くようになったんです。

人と触れ合えるようになって、誰かのために描いて、その姿を見ることができて、「自分幸せだな」と感じれるようになった高校生活でした。

 

― 本当にいい先生に恵まれたんだなってお話聞いていて思いました。

先生も、わたしが悩んでいることを本当に一緒に悩んでくれたんです。だからほんまに助けられたし、最終的に1日も高校は休まずに行けました。

そして大学に入ることを決意するんですけど、高校と違って大学はなんもサポートはないじゃないですか。「あっ、ほんまに自分の足で立たないとあかん」みたいな。怖いなと思いながらも、「どんどん外の世界をみたい」という気持ちが大きくなってきて。

わたしは絵しか知らなかったので。もっといろんなものを見たいと思って、専門学校ではなく、芸術学部のある四大に入りました。そして心理学にも助けてもらったので、心理学と絵を掛けあわせたいなと思ったんです。セラピー的な意味でも絵の重要性を感じていたので、心理学の勉強もしようと思って。

 

― 大学生活はどうでした?

いざ入ったら、大学時代はあまり楽しくなかったんですよ(笑)
サークルとかもなかったんで、まわりの子も大学行って授業受けたら、あとはバイトするみたいな生活していて。昔だったらそういう生活に憧れていたんですけど、「こんなんでいいのかな?」って思っちゃったんです。

 

イベントサークルの主宰をやったり、180度違う人生を過ごした大学時代

きしおかみさ子_イラスト

― 「普通の大学生活」というのすら、もう満ち足りないと感じてしまったと。

そうですね、それからめっちゃアクティブになって(笑)
いろんな大学が集まっているサークルあるじゃないですか? そういったサークルを自分からネットで探したり、人に聞いたりして、いろんな団体の長やっている人に連絡とって会いに行ったんですよ。

人に会うと、やっぱり世界が広がるじゃないですか。自分から動くとこんな変わるんだ、って気づいたんですね。

 

― 大学入学前までとは、180度違う人生ですね(笑)

それから、どんどんいろんな人にわたしの絵を見てもらえるようになったんです。
サークルだから、「イベント用のイラスト描いて」とか「チケットのデザイン手伝って」とか頼まれるようになって。自分のやりたいことができるようになって、成長できるようになっていった。

そしてもっといろんなことにチャレンジしたい、もっといろんな人に絵を見てもらいたいって思って。

そのときイベントサークルが流行ってたんで、わたしもイベントサークルつくったんです。そしたら、横のつながりがもっと増えていくじゃないですか。大学生活の中でいろいろ動いていったら、もう昔の自分からは想像できないくらい、新しい人とも話せるようになっていきました。

 

「趣味で終わらせてはいけない」笑顔を世界中に届けられる絵の魅力

きしおかみさ子_イラスト

― いま大学を卒業してフリーで活動されてますが、絵の道に進もうと思ったキッカケは?

大学時代にカンボジアに絵本を送らせてもらう機会があったんです。
カンボジアの子どもたちって、絵本に触れ合う機会がない子が多くて、字も読めない子も多い。そういった子どもたちに初めての絵本をプレゼントするというプロジェクトがあって、その絵を描いてほしいと声がかかって。

わたし自身は現地に行けなかったんですけど、子どもたちが絵本を手にしている写真とかを見せてもらって、子どもたちがすっごい、ほんまに笑顔だったんです。中には、わたしの絵が人生で初めての絵だったりするわけですよ。絵本を逆さまにもって読んでる子もいるし、それでもめっちゃ笑顔で。

なにかしら伝わるものがあったんやろなと思って。
やっぱり絵の力ってすごいなと実感したし、わたし自身、絵にすっごい助けられたから、ほかの人にも絵の力を感じてほしいなと思った。そう思ったら、これは自分の趣味で終わらせたくないし、自分が動けば動くほど伝えられる人が増えて、その分、笑顔が増やせる。
だから、わたしはこの絵の道を進もうと決意しました。

 

― いま大学を卒業したばかりですが、今後の展望は?

絵って、言葉なくても伝えられる魅力があるなと思って。なので、海外のいろんな国の子どもたちに、絵の良さを伝えていきたいなと思ってます。

 

― このままフリーで続けていく?

やっぱり、なにかしら経験を増やさないと、笑顔を増やせないなって思うので、どこかに所属するのもいますごく考えていて。あとは、関西だとまわりにクリエイターがいないので、あまり刺激がないんですね。だから、東京に来ようかなとかも考えています。すっごい悩んでます(笑)

 

― どんな絵を描いていきたいですか?

ご依頼いただいたら、その人のためだけにオーダーメイドで絵を描いたりするんですけど、「ただ、かわいい」で終わらせたくないんです。
人生を考えるキッカケになったり、なにかが変わるチャンスになったりとか、なにかしらのキッカケをつくっていきたい。

だから、本当にもっと経験を増やしていって、笑顔を増やせるようになりたいです。

 

おわりに

きしおかみさ子_イラスト

最後に大切にしているコトバを聞いたら、彼女はこう答えていた。

 

「ありがとうの交換」

 

桜が舞い散る4月上旬。きしおかみさ子さんにお会いしてから、もうすぐ1年が経とうとしている。この1年間で、彼女はどんな経験をしたのだろうか。

 

少なくとも、多くの人に笑顔を届けていることは間違いない。
これからも、きしおかみさ子さんの活躍に注目したい。

 

Special Thanks, Misako Kishioka
Twitter ▷ https://twitter.com/misako61
Instagram ▷ https://www.instagram.com/votremarque/

 

やりたいことが見つからないとき.001

 

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